日曜の昼下がり、押し入れを片付けていると、奥のほうからお菓子の箱が出てきた。
なんだっけ、これ。そう思いながら蓋を開けると、昔もらった手紙などを取っておいた箱だった。
その中の一枚、白い封筒に目がとまった。
手に取って差出人を確認すると、祖父のご友人で、もう20年近く前に亡くなられた方だった。
ただその時点では、封筒の中身までは思い出せなかった。
懐かしさと、どこか答え合わせをするような気持ちで封を開けると、中に入っていたのは手書きの手紙と、ワープロで打たれた二枚の日記。
読み進めるうちに、忘れていた記憶が少しずつ戻ってきた。
・・・
その方には、小学生の頃、よくスキーに連れて行ってもらった。
長野育ちで、スキーがとてもうまい人。祖父の友人というより、冬になると一緒に遊んでくれる大人の人、という感覚だった。
ある時から、その方は私とではなく姉とだけスキーに行くようになった。
どうして自分は一緒に行けないんだろう。
子ども心に、深く考えるのが少し怖かったのか、それ以上は考えないようにしていた。
理由を知ったのは、その方が亡くなった後。
母から聞いた。
勢いよく滑っていく私を、60歳を過ぎた身体で追いかけるのは、相当きつかったらしい。
スキーのベテランとはいえ、もし何かあってからでは遅い。
そう思って、母に「もう私が連れて行くのは難しい」と話していたのだという。
避けられていたんじゃなかった。
面倒だったんじゃなかった。
ただ、心配してくれていた。
それだけだった。
・・・
手紙は、私が送ったハンカチへのお礼だった。
姉の結婚式の時のことだ。
本当は、その方にもお越しいただきたかった。
けれど、その頃には体調が悪く、遠方まで来ることができなかった。
それでも、お祝いとメッセージを送ってくださった。
せめて結婚式の雰囲気だけでも伝わればと思い、私は当日のビデオとアルバムを作った。
後日、それを姉が持って伺うと、とても喜んでくれたという。さらに、もう就職していた私にまで、お小遣いを預けてくださった。
そのお礼に、私はハンカチを送った。
正直に言うと、ハンカチを送ったことも、手紙を受け取ったことも、すっかり忘れていた。
でも、封筒を開いて手紙を読んだ瞬間、その時の空気が戻ってきた。
その方の優しさ。
スキー場で一緒に食べたカレーの味。
ビデオとアルバムを見て喜んでくれたという話。
もう会えないのに、手紙の中にはたしかに、その人がいた。
・・・
一緒に入っていた日記にも目を通した。
金沢で軍隊にいた頃のことが書かれていた。
ワープロ特有の、少し掠れた文字。同じような一日の記録が、感情を大きく交えることもなく、ただ淡々と綴られていた。
読みながら、手が止まった。
私が知っているのは、スキーが上手で、美味しそうにカレーを食べる、あの笑顔の人だ。
でも日記の中には、理不尽とも思える時代の中で、命令に従いながら日々を過ごしていた若い頃のその方がいた。
理由もわからないまま動かされ、怒鳴られ、それでも言い返すこともできず、その出来事を淡々と書き残していた。
あの人にそんな若い頃があったことを、私は考えたこともないし知る由もなかった。
だから余計に、その日記を何度も読み返した。
封筒の中に入っていたのは、手紙と日記だけ。
それなのに、お菓子の箱を開けてから、気がつくと数十分も経っていた。
片付けをしていると、こういうふうにふと手が止まることがある。
手紙を読んで、忘れていた記憶が戻った。
日記を読んで、知らなかったあの人の記憶を知った。
押し入れの奥のお菓子の箱。
その中の白い封筒。
もう会えなくても、残されたものを通して、ふいに出会うこともある。
終活ライフケアアドバイザー。片付けをしていると、モノだけでなく、その奥にある想いや記憶に触れることがあります。押し入れの奥から出てきた手紙も、そんな出会いのひとつでした。




